なぜ本作品が取り残されたのか？謎です。
「赤いチューリップ」（横溝正史）
（「横溝正史探偵小説選Ⅱ」）論創社
三津木と御子柴少年は
曲者に拐かされている少女･
早苗を保護する。
彼女の父親は外務大臣の秘書で、
国家機密を
扱っているのだという。
しかし彼女の父親は、
すでに自宅で殺害されていた。
その容疑者として
早苗の兄が浮上するが…。
横溝正史はジュヴナイル作品も
数多く遺したのですが、
昭和の時代に角川文庫に収録されたのは
ほんの一部でした。
単行本未収録のまま埋もれてしまった
作品を収めたのが、
論創ミステリ叢書の
｢横溝正史探偵小説選｣です。
【主要登場人物】
緒方早苗
…三津木と御子柴少年に
保護された少女。
緒方謙蔵
…早苗の父。外務大臣秘書。
国家機密を扱う。
緒方謙一郎
…早苗の兄。数年前に父親と喧嘩し、
家出。早苗と接触する。
桑原青年…緒方家の助手(書生？)。
三津木俊助…新日報社敏腕記者。
御子柴進…新日報社給仕。探偵小僧。
本作品の味わいどころ①
早苗の兄は敵国スパイか、それとも
早苗を拐かしていた曲者は
なんと兄･謙一郎。
しかも｢そんな売国奴みたいなまね、
あたしにはできないわ｣と
彼女に言わせたところを見ると、
父･謙蔵の所有する｢機密｣を渡せと
迫ったことに間違いありません。
その直後に起きた父･謙蔵の殺害。
果たして兄は
敵国スパイでかつ殺人者なのか？
いたいけな少女の兄が、スパイや
殺人者であるはずがありません。
当然その容疑を
三津木と御子柴が晴らしていくのが
本作品の味わいどころの
一つとなっているのです。
本作品の味わいどころ②
途切れたオルゴールの意味するものは
早苗を保護した御子柴が、
早苗の自宅にかけた電話に
聞こえてきたのは｢蛍の光｣のメロディ
(オルゴール)と謙蔵のうめき声。
なぜか途中で途切れた
オルゴールの音に、
御子柴は疑問を覚えます。
これが殺害犯特定の鍵になるのです。
当然、オルゴールの箱の中に
異物が混入したため、
音が停止したのです。
では何が入っていたのか？
本作品の味わいどころ③
赤と緑のチューリップの謎
狙われていた機密文書は
｢赤いチューリップ｣の絵が描かれた
背表紙の本に隠されていたのですが、
緒方家の書斎には
｢赤いチューリップ｣の本と
｢緑のチューリップ｣の本の
二種類があったのです。
賊が｢緑｣の方を持ち去ったのはなぜか？
この点が本作品の
メイン･トリックとなっています
(ただしこちらは実は初期作品
｢深紅の秘密｣で使用されたものの
焼き直しです)。
さて、本作品によく似た(というよりも
ほぼ同一)内容の作品が
横溝にはあります。
｢｢蛍の光｣事件｣(1938年発表)です。
こちらはノン･シリーズであり、
探偵役を大学生･宇佐美慎介が
担当しています。
それを三津木･御子柴ものへと
改変(1953年)した作品なのです
(宇佐美慎介･三津木俊助という名前も
どことなく似通っている)。
｢｢蛍の光｣事件｣よりも本作品の方が、
完成度が高いと思われるのに、
なぜ角川文庫では前者を収録し、
本作品が取り残されたのか？
作品に描かれているトリックよりも
こちらの方が謎に満ちています。
※両者を比較して
わかったことがあります。
本作品に登場する桑原青年ですが、
立場は｢助手｣となっています。
政治家の秘書の助手とは何か
よく解りませんでした。
｢蛍の光｣では、
緒方謙蔵が理化学研究所博士、
桑原青年がその助手と
なっているのです。
横溝は改稿にあたり、その肩書きを
直し忘れたのでしょう。
（2018.1.4）
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